理事長に就任して

ライフサイクル

人のライフサイクルでは生まれてから小児期、思春期、青年期、成年期、中年期、老年期にわたって、さまざまなライフイベントがあり、普通の一生ではそれぞれの時期に現れる入学や結婚、就職、身体の成長や老化などのライフイベントに対して時期に応じた適応をしている。実はこの適応の仕方については10年前の適応の仕方では現状は乗り切れないので、ライフサイクルが進むにつれて適応の仕方を変えていっている。この適応がうまくいかないと行き詰って適応不全となり、精神疾患をはじめ、様々な内科疾患やストレス関連疾患を発症する。

時代は変わった
年間自殺者は急増した1998年から、高止まりして、いまや年間3万人を超えた状態が続いている。特に世界的に珍しい中高年の自殺者の増加がその原因と言われている。経済的損失が大きいゆえであろうか、政府も自殺対策本部を設置するなど対策に躍起になっているが、時は逆戻りしないので、今の日本社会のありようは元に戻ることはなく、この閉塞感は当分続くだろう。今にして思えば1998年のころから日本の社会は大きく変化したのではないだろうか。
自殺者が急激に増加した1998年からもう10年になるが、この間、小泉内閣で医療制度改革大綱が定められ、毎年2200億円の国庫負担を減らす財政主導の医療制度改革が始まって、5年になる。安部内閣はうつ病で倒れ、福田内閣になり、政治の世界も適応不全が明らかになってきた。
与野党とも、衆参のねじれ状態に対応できておらず、相変わらず高度成長時代の政・官・業の連合システムである1955年体制時代の一党支配にこだわり、そこから脱却するすべを持たないように思われる。50年ぶりの参議院の(みなし)否決から衆議院の再可決という出来事は、変化は求められているが対応が分からないという状態の象徴であるように思うが、どうだろうか。
時の流れは止められないし、昔には戻れないのである。仮に昔に戻ったとしても、社会が変わったので適応不全が強くなるだけだろう。良い悪いは別にして変わってしまった社会に適応するように前に進むより方法はない。人であろうが、組織であろうが何事であっても変わらないまま生き抜くことはできないのである。

医療の財源問題
世界的にも医療の財源問題は解決されておらず、特に日本で逼迫の問題となっていることは事実だが、財源さえあればうまくいくかというと果たしてどうだろうか。財源はあった昔から今まで解決できない精神科の問題は厳然としてあるのである。一方で、人の際限のない健康志向の中、医療の需要は伸びており、これに応えるために医療も様々な場面で効率化を進めたり、価値を高めていったりして適応していかなくてはならない。

21世紀は脳の時代といわれている。
脳の謎の解明に産業界からたくさんの資金が流れ込み世界中の科学者たちが様々な新次元の研究をしている。PETやMRIなどの画像機器の発達や人の遺伝子情報の解明、インターネットによる共同研究の発展や文献検索のやり易さなどにより、脳科学は爆発的に発展しつつある。最近の統合失調症の脳研究や認知症の世界同時研究など早期発見、早期治療、予防へと繋がりそうな研究成果が得られてきている。統合失調症やうつ病の脳自体に病変はないと言われてきたし教科書にもそう書いてあったが、次々と特有な部位の萎縮があることがわかってきている。これらはいずれ新常識となっていくだろう。まだまだ、臨床には使われていないが今後は期待できると思われる。
牧病院が設立された昭和38年は、統合失調症には脳病変はないと信じられていたし、日本で精神科薬物療法が行われ始めた頃で、おそるおそるクロルプロマジンを飲ませて血圧を測り副作用がないか注意して見ていたころである。当時は薬物療法に対して過剰な期待もあったと思われるが、今後、どのような薬が出てきても薬だけで病気の治療ができるとは思われず、人が人を直す時の人の力の重要性は益々高まっていくだろう。新しい薬など新技術の重要性も認めながら振り回されて大事な人の力を見失うことがないように、適応していかなくてはならない。
実際に牧病院でも、統合失調症や認知症の在宅治療や入院治療でも過去にない新しい事態が生まれてきている。統合失調症では入院者の高齢化であり、在宅治療の適応が思っていたよりも狭いのではないかという疑いである。認知症では早期発見、早期治療の必要性であり、倫理的な問題も含めて病院死の選択が増えてきていることである。継続して患者に関わっ
ているので、これからも様々な新しい事態があるかもしれない。
このような環境の中、2008年4月に医療法人牧和会の理事長に就任した。就任するにあたって何か言葉を捜していたが、見つけたのは以下の言葉であった。

「照千一隅」
「一隅を守る」は戦中戦後に「反抗せず、黙々と分を守って仕事をする人は国の宝だ」というような意味で、そのような人になるようにという権力者から強制する意味も込められており、使い古された言葉である。出所は天台宗を開いた仏教大師最澄が求めた理想的人間像を書いた「山家学生式」にある「照干一隅此則国宝」に由来すると云われている。ところが、最澄の自筆原文をみると「干」(かん)ではなく「千」(せん)とも読めるという。そこでその読み方によって仏教界では論争があり、「千」なら「千里を照らす者となれ(一隅を守りながら)」という意味らしい。この論争について、日本仏教界から中国仏教協会に尋ねたところ、中国古典(史記などの)にある「照千里・守一隅」を縮めて(千里を照らす)と解釈すると回答があり、最近論争が終わり意味が確定した。
 言葉でも使い方次第で手垢がつくものである。時の権力に誤用され、利用された言葉ではあるが、「照千一隅」の本来の意味は時代を超えた正しさがあるように感じられる。それは歴史を生き抜いた言葉が持つ重みであろう。
私が医師になり臨床の勉強を始めたのは九州大学精神科で1982年のことであるが、実際の臨床を実践を通じて学んだのは牧和会に就職してからのことである。求められるままに臨床をし、必要に迫られて経営の勉強を始めてもう25年を超えた。
そして理事長に就任して「照千一隅」という言葉に出合った。この言葉の、時の権力者に捻じ曲げられてきた歴史を振り返り、このように権力の乱用をしないという決意をすると同時に、言葉の本来の意味をそのまま自分のテーマとして、自分本来の原点に戻って、牧和会でこの地域の精神医療に取り組もうと思う。
私には夢がある。
職員・患者を問わず、たまたまにせよ牧和会に関わることになった人が自分の変化や成長を感じられること、
そしてそれが可能な場として牧和会が発展し充実することである。
この夢が、自分が千照一隅になることを通じて実現できるように全力で取り組みたい。
皆さん、よろしくお願いします。

(2008年5月牧和会にて職員むけに)